ヨッヘン・パイパー (Jochen Peiper)
1915年1月30日ベルリン生まれ。最終軍歴は、SS(武装親衛隊)大佐。34年に親衛隊戦闘部隊に入隊し、SS士官学校を経て、「親衛旗アドルフ・ヒトラー」連隊に配属。その後、大戦中、ポーランド、フランス、ロシア、ノルマンディ、バルジ、ハンガリーと従軍し一度も負傷していないという強運の持ち主。43年にはSS第1戦車連隊長に就任し、当時28歳というドイツ軍最年少の連隊長となっている。特にバルジの戦いにおける、パイパー戦闘団の活躍は敵味方共に勇名を馳せる。戦後の連合軍側のパイパーの評価は、豪胆、タフネス、自信。 戦後、多くのSS隊員と同様に戦犯として死刑の判決を受けるが、釈放される。パイパーはフランス東部のトラーヴに家族と共に隠棲していたが、偶然、町の共産党員であった商店主に元SS隊員と知られ、党の機関紙に彼のことが暴露され、連日脅迫状が舞い込み、フランス政府もついに1976年7月14日までに出国するように申し渡す。パイパーは家族を移転させ、ライフル1挺と拳銃を持ち一人で自宅に残っていた。その7月14日フランス革命記念日の夜に、極左テロと思しき集団により襲撃され発砲音が響き自宅は焼失した。焼け跡の自宅からパイパーの遺体が発見されたが、ライフルには発射痕があり、襲撃者に対し立ち向かったものとみられる・・・ |
ドラゴンのサイバーホビー限定のヨッヘン・パイパーです。サイバーホビー限定品は、シリアルNo.入りのカードも付属しています。バルジの戦いの時の姿で、Uボート乗組員のレザージャケットを着用しています。顔の出来は今一でしょうか?。この姿は、同じくドラゴンから1/35や1/16のキットも発売されてます。
In The PastToysのパイパーのフィギュアです。このメーカー、かなりコアなフィギュアを出してまして、先行のドラゴンをかなり追撃しているような気がします。左から3番目の画像の時のパイパーの写真を再現してるようですが、このページにある、Patrick
Agteの本にありました。1944年5月14日のベルギーのHouthanという所でのSS第1戦車連隊第1大隊でのセレモニーの時のもののようです。それにしても顔は、かなりマンガチックですが、特徴はかなりとらえてると思いますね。
ドラゴンの1/16ヨッヘン・パイパーです。タバコを真鍮線にした以外は素組です。ベースはキットの付属のものではなく木製品です。服装は、上記の通りレザーということでセミグロスブラックで塗ってみたんですが、思ったよりかなりツヤが出てしまいました。ホントの当人はかなりハンサムなんですが、私が塗ると・・・こんなもんです・・・(^^;
同じくドラゴンの1/35カンプグルッペ・パイパーです。もちろん、右から2番目がパイパーです。このキットのパイパーを無理矢理改造して走らせているのが、「パンツァーファースト」です。
小林源文氏の「炎の騎士 ヨーヘン・パイパー戦記」です。パイパーを単独で扱った書物としては国内では一番入手しやすく、かつコミックではありますが資料性の高いものです。
パイパーに関する本は、海外ではかなり出版されているようですが、私が所有しているのは、この2冊です。(左と真ん中は同一本の表紙と裏表紙)特に右側のPatrick Agteの物は、650ページ強の重厚さで850枚以上の写真や30ページ以上の資料を含み、圧倒的ボリュームです。特に写真に関してはパイパーだけでなく、他のSS兵士や戦場の様子以外にも、戦後の写真や家族など、他ではお目にかかれないものが多数掲載されています。
参考文献
「グラフィックアクション ゲルマンの無敵戦士 武装親衛隊の奮戦!」
文林堂刊